それがそれで在る限り絶対に起こり得ない話。
何故ならそれは諦めと同義であるからだ。
それは春の夜中のことだった
『あのさあ』
なぜ。
『お前の子供を――救えなくて悪かったよ。本当に。本当にさ……』
なぜ。
『お前は、ただ、自分の子供を、ずっと救いたかったんだって、ようやくわかった』
なぜだ。
『お前らを友達だって……一度も言ってやれなかったのも、謝る』
通信機の向こうで、声がする。
『それで……悪いけど……後ろから頭狙撃されてて……こいつの方は即死だったし……俺も割れてんだよな……だから』
「……言わなくていい」
何をしたらいいんだっけ。何を。どうしたらいいんだったっけ。わからない、助けてくれ、俺は。俺は――
「言わなくていい――今から、救援を――」
『無理だし要らねえよ。俺たちはもうすぐ死ぬんだ』
俺は、こんなに役立たずの頭をしていただろうか。
『悪かったよ。俺があの日、ちゃんとブチギレてお前を殺してればよかったんだ。お前に、二度も子供を失う苦痛を味わわせずに済んだ。いや、三度か? それとももっとかな。……それで、もし、俺を……お前が友達だって呼ぶなら。友達も失わせずに済んだんだろうな。ちゃんと殺してやればよかったんだ』
俺は今、生まれて初めて、後悔してるよ。笑い声が、耳朶を震わせる。
「じゃあ――帰って、帰ってきてくれ!!」
叫んでいた。なぜ俺は今、安全な場所で、こんな話を聞いている? 違う、駄目だ、誰にでも平等でないと――『誰にも報いられない』。自分自身にさえ! だから、ここは見殺しにするのが正解なんだ。違う。もう助からないのだから――遺言を聞いて――後始末のための思考に切り替える――べきなのだ。やることは山積みで、俺はそれを処理する方法をきちんと知っていた。あれだけ可愛がっていた犬を殺した時だって、そうだ、確かに俺は悲しくてたまらず、若いながらに泣いていたが、それでも、『やるべきことはやれた』のだ。感情と行動を分けていられた。それなのにどうして、今だけできない。今だけ。どうして、この――二人が死ぬ、それだけのことで、俺は、こんなに。
こんなに、動揺してるんだ。
善人であるとは思っていなかった。善を成してきたとも思っていなかった。
男はただ、自分の欲と好奇心のために、自身を含めた何もかもを火にくべてきただけだ。
それだけだ。それだけ。そう、『それだけ』!
それだけのことしか、してこなかった。
人生は積み重ねだ。やってきたことだけが返って来る。それだけの道理だ。いつだってそうだった。いつもいつもそうだった。それだけの日々だった。因果と応報、それを自分は、ずっとわかっていたはずだった。
それに、自分は、彼らを特別だと思っていたわけでもなかった。そう思っていた。
それなのになぜ――
「君たちがいないと、俺の周りは広すぎる」
なぜ、自分は、椅子に座り込んだまま、泣いているのだろう。
「静かすぎる」
不快さの多い存在だった。いつでも五月蠅く、人の神経を逆撫でするようなことを平気で言うことが多かった。最近は学習したのか、多少それもなりを潜めていたが。それに、もう忘れてしまったいつかの日には、後継として色々教えてもいいかなと思ったこともあるが、最近は、めっきり好奇心を失っていて、それを、俺は、やはり不快だと思っていた。遭ってしばらくの頃は、本を勝手に持ち出すくらいには知識の吸収を楽しんでいたのに。枕にしていたのは流石に腹が立ったが――コレクションを粗雑に扱われて怒らないコレクターはいないだろう――未知への姿勢自体は、好ましく思っていたと記憶している。ああ、だが――
「……さ、」
そう言えば、これが、五月蠅くなくなったのは、いつからだっただろうか。
「さ……寂しく、なるだろ……」
通信機の向こうで、また笑い声がした。
『それ、お前犬が死んだって話してた時も言ってたぜ』
賢い犬が一匹死んだだけのことだ。それだけのことだ。割り切れよ。声が言う。
『お前は割り切れるだろ。――お前の子供は、とっくの昔に死んでたんだ。それが、今までちょっとしたマジックで生きてるみたいに動いてただけだ。……』
そうだろ、×××?
息ができなかった。いつの間に君は俺の本名を知っていたんだとか、言いたいことは溢れそうなほどにあった。だが、形にならなかった。
『じゃあな。また賢い犬を拾って育てろよ。お前育てるの好きだろ? まあ、どんなんでも、俺よか頭はいいだろうさ』
通信機はそれきり黙ってしまった。死んだのだ。最期まで、まったく饒舌なものだった。
死んだのか。死んだ。そうだ。死んだのだ。……死んだ。
動けなかった。呆然としていた。ただ涙だけが流れて、ヴィンテージのジーンズを濡らしていた。
「ああ」
そうか、と呟く。
「本当に俺は、息子と友人を亡くしたんだ」
それだけのことだ。それだけのことなのに。
「俺は、たった二人しかいない俺の理解者を、今――二人とも亡くしたんだな」
理解してくれる存在がいなくなった、そのことの痛みが、刺さって抜けない。
損得抜きで慕ってくれたのは、俺の神経を『逆撫でするくらい』俺をわかっていたのは。
「そうか……結局、彼らしかいなかったんだなあ……」
男は俯いて、顔を覆った。
愛用しているフライトジャケットから、見覚えのない望遠鏡が転がり落ちたのは、それと同時のことだった。
(それがそれである限り有り得はしない、もしもの話)
簡単に説明すると、仮面が全部諦めて投げ出して諾々と従うようになった結果普通に戦死しました、という話です。何故彼があそこでブチギレたのかと言えば、究極「諦められなかった」から、全部を「投げ出せなかった」からであり、それ故に仮面はヴィランを殺したという前提がある以上、この分岐は絶対に有り得ないのだというエイプリルフールでした。因みに仮面がヴィランの名前を知っているのは死ぬまでのラグの間に偶々知ったからというだけなので、普通に今の仮面はヴィランの名前を知りません。そんなに長い間一緒にいない。
仮面が死んだ場合ヴィランがダークヒーローになって猟兵になっていたよという話でもあります。